シエラレオネ5日目 最終日*

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今日は移動日でリベリアとの国境30Km手前の村でテントを張らせてもらうこととなりました。普通なら広いところを探してそこでブッシュキャンプをするのですが、今日の道は常軌を逸したものでした。

まずリベリアという国にこのツアーは言ったことがありません。それはツアーメンバーの一人の発案から満場一致で決まったことなのですが、アフリカを何十周もしているドライバーのスティーブですら行ったことのないのですからそのルートは未知数だと聞かされていました。

f:id:baobab-no-ki:20170113211044j:plain狭さ伝わりますかね

なによりも道が狭くて舗装なんて当たり前のようにされてない

今日出発する前にグーグルマップを見ているとこの距離ならリベリアに今日中に入ってナンなら首都までたどり着くんじゃないと思ってました。ところが、フタを 開けてみると散々で、踏んだり蹴ったりの乱暴道路でした。まず道が狭すぎる。上画の写真をご覧になてみればわかるかと思うのですが、トラックがちょうど良く通れるくらいの道幅で、対向車が来ると一旦止まり、どちらかが譲歩してなんとか切り抜けます。

f:id:baobab-no-ki:20170113211110j:plainこの手ブレが揺れを物語っていますでしょう

f:id:baobab-no-ki:20170113211145j:plain川から大きな穴に水が流れ込んでいます

そして一番の問題が上画の凸凹ロード。ジャングルのようなところを切り拓いたようなところなので、雨が降った後に車が通り乾くとそこに大きな大きな固い轍が できます。こいつのせいでなんど吹っ飛ばされそうになったか…いや本当に大げさじゃなくて不注意の時にこの轍に乗り上げると普通に体が浮いて、捕まってな いとそのまま外に放り出されそうになります。もっともこれが雨季だと粘土質の赤土にタイヤがとられ皆で押す羽目になるようなことを想像するとまだマシなの かもしれませんが。

とにかくこのような環境下の移動でしたので、ゆっくりとしか進めずに座っているだけでも疲れた日でした。

f:id:baobab-no-ki:20170113211208j:plain砂埃も激しいのもまた苦痛の種

 

一週間レポート   その7

こ の一週間は喧騒としていただけのマリ、そして特に何にも目にするトコロのなかったギニアを抜けてきた僕にとってシエラレオネでは天国のような時間を過ごせ ました。それはみんなも同じようでもっと滞在したかったといっている人がいるほどです。かくゆう僕もここにはもう一度来たいと思えるほどいい国でした。まずシエラレオネ人が温かくて親切でフレンドリーな人たちなんですよ。それにここの公用語はイギリスの植民地だった影響で英語。フランス語圏からようやく抜け出して現地の人と話せるようになったのも良かったところです。

この先のリベリアでも英語が使えますが、その次のコートジボワールではまたフランス語、そしてその次がガーナでここでまた英語となります。

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そんなシエラレオネリベリア、皆さんも一度その名前を聞いたことがあるのではないでしょうか?これらの国々は3年前にエボラが猛威を振るい、数万人に及ぶ 死者を出した大流行地です。しかし今となってはとっくに過ぎ去った過去の出来事という感じでというのがこの5日間シエラレオネで過ごしてみてのエボラ出血熱に対する 僕の感想です。ただし国境や県境の検問では全員が体温を計られたり、たくさんのエボラ啓発ポスターが目に写りました。でも総じてゆうとやっぱりエボラ出血 熱はもう終息したんだなと実感が湧きました。

f:id:baobab-no-ki:20170113211311j:plainエボラ出血熱 啓発ポスター

シエラレオネ一ヶ月くらいいても良かったなあ。もし次来るとしたら絶対にダウンタウンに行こう!今回は極楽から抜け出せずに3日間ずっとホテルに滞在していたんですよね。

 
来週はコートジボワールに着きそこの首都アビジャンアイスランド人ウグニウスがツアーを離れることとなります。