DRC3日目

コンゴ民主共和国で二十歳を迎える!!

三月某日、無事20歳を迎えることができました。まさかこんなところで僕が二十歳を迎えることになるんだなんて、産んだ時に親はおもいもしないでしょうね笑。こんなコンゴ民主共和国なんていう怪しげな名前の国でね。

f:id:baobab-no-ki:20170317220316j:plainバースデーということでケーキで祝ってもらいました。

今日はお世話になった豪華宅をあとにして、順調に進んでいってDRC最終目的地のマタディに到着しました。マタディという町はコンゴ川の岸辺にに築かれた大きな町で、その河岸には川なのにもかかわらず大きな船舶が泊められる港がありました。

f:id:baobab-no-ki:20170317220227j:plain丘陵のなだらかな斜面に無数の建物がはえるよう建っています。

この町に入るためにはもちろん川を渡らなければなりません。ここには橋がかかっているので船渡りはしなくていいのです。

f:id:baobab-no-ki:20170317220431j:plain遠目からみた橋、近くの橋の撮影は軍事上の理由で撮影が禁じられていて、見つかると面倒なことになりかねないので自粛

この橋は日本のODA(政府開発援助)で造られたものでした。比較的見た目は新しかったのだけれど、聞いてみれば14年も前に建設されたものでした。日本製だけあって立派な頑丈そうなものでしたね笑。どっかの国と違って笑。

 

誕生日の今日は運悪く給食当番の日となったのですが、僕を祝ってくれるとのことで町にでてのディナーとなり、その職務を免れることとなりました。

f:id:baobab-no-ki:20170317220402j:plainこれはさすがに自腹です。ハンバーガー900円もしたけど、今日くらいわねぇ

でも二十歳っていう年齢は改めて考えてみると大きな節目ですよね。人生の中で100歳と並ぶくらいたいそうな節目じゃないですかね(100歳まで生きるつもりなのかというと自分でも疑問だけれど)。だって明らかに19から20になるのと29から30になるのとでは全くその数字の移行の持つ意味の大きさは違いますよね。

それは実社会のなかにおいても大きな変化になりますね。例えば煙草を合法で呑めるとか、パスポートの増刷の際に(たかが増刷なんかに)親権者の同意書がいらないとか、結婚ができるとか…それは18からできるのか笑。まあ様々な束縛たちから解放されるわけです。

でも僕にとって、何よりも大きいものはその解放から責任を持つ権利が生れることにあります。これまでは親の庇護のもと生きることが余儀なくされたものですが、これからはなにをするにも責任という言葉が常につき纏います。それは僕にとってネガティブなものでは決してなくて、とても有意義で運動する原動力となるものだと思っています。そしてそれは精神的な自由ということにも繋がっていくのだと思います。

まあやっと大人というものに数字の上でなれたということですね。これはけっこう嬉しいものです。ここまで生きれたという達成感もありますし。10年もすれば必ず18歳が完全な大人になれる数字となるかと思います。し、それでいいと思います。今の人は早熟なんだと感じますしそれに合わせていった制度を創っていかないとなにかと不便で不都合で損なことになりますから。

兎にも角にもコンゴ民主共和国というへなちょこな国で節目の歳を迎えられていい記念となりました。