ケニア2日目*

出立の日

昨日でトラックを降り身支度をすませ、また昨日までがツアー旅程の中では最後の日でありました。なので、正確に言うと昨日が終わりの日であってその日の記事で最後のことを書くことの方が正確ではありました。が、今日はちょうど32回目の一週間レポートのある日ということなので切りが良いということで今回にそのことを書いてしまいます。それに実際にトラックの元を離れるのは今日が限りだったので、心情的には今日が僕のツアー最終の日なのです。

朝起きてみるとそこに運転手 ウォルターの姿はありません。彼はケニアのナイロビ出身、ここに着くやいなや家族のもとに出かけていったのです。となるとチップを渡そうにも渡せない。なのでジェフに二人分渡しました。その額は二人合わせてもスティーブの時より少なかったけれど、まあこれは気持ちだから。

昨日の宴は遅かったので、起きてもいつも早起きのクリスやピーターなど3、4人しかいません。出発の日だからって別に急いではないし、みんなに別れの挨拶したかったので、早起きメンとコーヒー片手にこれまでの思い出話にふけってました。このアフリカの旅でどこが一番気にいったのか、あんなことやこんなこと今まであった色々なこと、そしてこれからのこと。

そんなこんなで3時間ほどしている内にみんな続々と起き出してきて、一人ひとりとハグ。

今いる人はジブラルタル海峡からずっと一緒ににここまでやってきた人、そしてケープタウンから新しく乗り込んできた人、共に過ごしてきた時間に短長はあっても、同じ釜の飯を毎日食った仲間たち、Truck Matesです。彼らと生活する中でほんとうに様々なことを学びました。それは英語に限ったことではありませんでした。7ヶ月以上の時間を見ず知らずの人と昼も夜も、正に24時間全ての生活を外国人、異文化人と共に過ごしたということはとても貴重な経験でした。

このツアーに参加できて、運よく最後まで、ナイロビまで来ることができて、

本当に良かったっ!!

 

その後、話をしているとピーター、タミー、アンディそしてローレンもまた市街に行くということになって、彼らとともにバスに乗ってセントラルに向かいました。そして僕は黄色いトラックの元を離れました。

 

一週間レポート  その32  最終レポート

この旅行が始まったのは2016年11月14日のこと。それから224日、7ヶ月と半分が経ちました。この間に周った国の総数、26ヶ国。

f:id:baobab-no-ki:20170726151624p:plainアフリカの国数は56ヶ国、つまりはその半分を訪れたということ。

それぞれの国々の滞在日数には大きな偏りがありました。

例えば、アフリカ大陸に上陸して最初の国、地図上の青色に塗りつぶされた国、モロッコには三週間近くのあいだ滞在しました。しかしその一方で今回訪れた中で最大国土の国、地図の真ん中に大きく占めるオレンジ色のコンゴ民主共和国には海にちょろっと突き出たところを4日だけで通っただけですし、南アフリカの横の葡萄色の国、モザンビークにいたっては正式に入国なんかしていなくって、ジンバブエモザンビークに跨った山に登っただけの数分滞在ということだけで入国したことにしちゃって、色を入れたなかなか怪しいものもあります。

それでもまあよくぞこんなにたくさんの国を訪れられたものよ、と自分でも感嘆しています。最初ジブラルタルから始まったときはこれは長い道程だぞと思い、ゴールできずに中途で強制帰宅になる方が当然なんじゃねえの、と初っ端から何とも弱気な心持ちでいましたが、終わってみればあっという間だったようにいつのまにかゴールテープを切っちゃったてな感じ、ホントにいつのまにやら赤道跨いで、喜望峰を回ってナイロビまで来ちゃってたみたいな、そんな勢いでした。

f:id:baobab-no-ki:20170726144842p:plainスタート前のジブラルタルにて。最初は総勢21人のパッセンジャーでの始まりだった。

この旅行の感想を率直に一言でいえば、「あー楽しい旅行だった」って感じ。そしてこれは誇張でも意地っぱりでもなんでもなく、日本に帰りたい、いわゆるホームシックなんてものを思ったことは皆無、ただの一度もありませんでした。またこの旅行前の最大懸念材料だった日本食、特にダシの味が恋しくなるという症候群も微塵も現れませんでした。なので、もしもこのまま滞在したって問題ないのなら、少なく見積もっても3年はホームシックにならないかと思います。それくらい帰郷病と僕はほど遠い関係だったのです。

なので旅半ばで日本に帰ることになる理由は、大病に罹っての断念か、大怪我をしての諦め。アフリカ旅行で一番気をつけなくてはなかったのはジャグルに自生する未知の病原体でも、三年前に猛威を振るったエボラ出血熱でもなくて、毎年世界で50万人が死んでいるマラリアという有名な熱病でした。これは蚊にもうハチャメチャに刺されまくったにも関わらず一度も熱が出ませんでした。薬も結局嫌で大分と飲まなかった時期もあったのにね。しかもこの旅行で患ったのは車酔いと下痢だけという正に若さと幸運でなんとかなった感じです。

怪我も負ったには負いましたが、川でターザンして踵をえぐったのとダルで強盗に遭い2、3発殴られたくらいなもので、これもまたホントに運に助けられたものでした。だって骨折なんてものになれば即刻祖国帰宅の刑

f:id:baobab-no-ki:20170726144856p:plainナミビアエトーシャ国立公園にて。約半数は南アフリカからの新メンバー。

このオアシス社のオーバーランドツアーにはアフリカの他に南米やユーラシア大陸横断などいくつかの行き先があって、そこから僕はこのアフリカ大陸のツアーを選びました。最初は南米一周が有力候補で、その次にユーラシアでした。ただ金銭面とその期間を考えるとそのプランは消えて、最後残ったのがこの選択だったのです。

でも今こうして終えてみると、否が応に選んだこのアフリカがおそらくどのコースよりも面白い場所だったんじゃないかなと思ってます。何故かと言うと今のアフリカを旅することができたからです。2017年現在の西、中央アフリカなんてところは観光に適したところだとはお世辞にも言えません。なので、ビザを取って国境を越えるのも一苦労で、個人のバックパッカーでその国々を越えていくということにはやはり限界があります。

でもこのツアーだと簡単にビザの取得ができて、観光未開拓地を旅することができます。そういうところにこそこのオーバーランドツアーというものの醍醐味があって、その真価が一番発揮されるのがアフリカ、特に西と中央だと思うのです。

これから十年後のアフリカ諸国は大変な変化を遂げているでしょう。それは資本が入って発展し観光立国になってるところもあれば、戦争が起きて立ち入りできないような状態に陥っているかもしれません。そういった大変革の真っ最中の国々を見れたことがとても貴重な体験だったのだと思います。

南米だったらこうはなりません。

 

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記憶はなくなる